直観ひとりごと(135)「新国立競技場」のデザインは、日本人のための日本の伝統を表現したモノに…。
この(135)「直観ひとりごと」のブログは、カウンセリング歴30余年の大阪の「5時間で1回きり」の「潜在意識の本質と使命とトラウマ」を探る心理カウンセラー&本質セラピスト三宅麗子の投稿頁です。
★直観ひとりごと(135)
◆「新国立競技場」のデザインは、日本人のための日本の伝統を表現したモノに…。
もともと東京オリンピックに反対だった私などは、そもそも外国人のデザインが採用されたことに違和感を感じますが…。
皆さん、あの東京オリンピックの招致時の状況を、今一度振り返ってみてください。
今現在もですが、あの当時は、3.11の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)に苦しむ人々が大勢いて、その復興、復旧もままならない中での、オリンピック招致に日本中の国民が浮かれたのでした…。
「お・も・て・な・し」なんて、いう言葉だけが独り歩きして、今から考えると何とも空しいですね~。
そんなに、スポーツって、大事ですか?
いえ、そんなに、白人優位の「オリンピック」って、大事ですか?
いえいえ、そんなに、「新国立競技場」が、大事ですか?
これらって、人間が生きていくうえで、必要不可欠なモノですか?
それにくらべて、現実に、今の福島の原発事故の放射能は解決していますか?
福島の人々は、どういう思いで生きておられるでしょうか?
いえ、私たち国民は、ホントに、福島の放射能対策は安全だと、心の底から思っていますか?
そして、今回の東京のオリンピックの新国立競技場の総工費2520億円の建設計画で、国民は、やっと、何か変だ!!! と…。
そして、安倍総理は、民意を慮って、「白紙撤回」と…。
しかし、そうは言っても、今までの責任は、一体誰がとるのでしょうか?
またぞろ、「責任の取らない国、ニッポン!」の面目躍如でしょうか?
政治家や官僚への責任追及は、一体、誰がやるんでしょうか?
政治家? 官僚? 役人?
それなら、やっぱり、誰も責任を取らないのは当たり前だのクラッカー! 納得!!!
政府は、本当に、国民の意見に耳を傾けるのであれば、まずは、政治家や官僚から責任者を特定すべきでしょう。
責任を負うべき、政治家と官僚の首を取るのは一体、誰?
それをしないと、現政府や自民党は、国民からの支持を失う。
それを、一番喜ぶのは、一体、誰、いえ、一体、どこの国?
つくづく悲しく感じます。
日本の文化やしきたりなどの「伝統」が解らない外国人のデザインが氾濫しています。
大きな施設や重要な建物のほとんどは、外国人のおかしなデザインで、まるで、日本の景観ではないみたい。
特に、由緒ある土地柄にその傾向が著しい…。
ホント、嘆かわしいコトですが…。
そして、今回、やっと、その「不自然さ」に、一般庶民が気づく貴重な「チャンス」なのです。
たかが、スポーツ施設に、国の存続が危ぶまれるほどの、膨大な税金がブッ込まれることに…。
既に、外国人デザイナーには、13億円もの大金が支払われ、さらに違約金も膨大な金額になるそうです。
このドブに捨てたにも等しい無駄金の責任は、一体誰が取るのか?
明らかに、それらを決定した責任者たちは税金泥棒です。
泥棒ならば、刑務所にほうりこまないといけないのでは?
あのホリエモンですら、わけのわからない罪で服役したのですから…。
一体、彼は何の罪で捕まったのでしょうか?
服役しないといけないほど、国民に害を及ぼしたのでしょうか?
それも、やっぱり、政治家や官僚の仕業?
そもそも、世の中に溢れるスポーツ競技や大会って、貴重な税金や大金を浪費してまで、開くモノなのでしょうか?
世界中で、こぞって、スポーツを奨励するコト事態、何か「世界人類総白痴化」を目論んでいるみたい。
そして、それに一躍買っているのが、日本国家なのでしょうか。
その最たるモノが、「オリンピック」でしょうか。
オリンピック発祥の「ギリシャ」のあのテイタラクをしっかり見つめれば、スポーツに狂う人類の「なれの果て」が示されているというのに…。
もっと、早くに、オリンピックそのものが、税金の無駄遣いだというコトが、解らないといけなかったのです。
現に、何回も、「立候補」しただけで、日本国は、ドブに死に金を捨ててきたのです。
その金は、数十億単位の支出だった。
それに対して、誰もその責任を取らなかったのです。
それを当たり前のように見過ごしてきた張本人は、国民や庶民の私たちなのです。
戦争もそうですが、オリンピックも一部の人間が潤うだけのビジネスなんです。
特に、白人の優位性を示すために、設けられたイベントなのです。
そういう偏見のあるビジネスイベントに、ホイホイと乗せられる、日本人の尻軽さ…。
そもそも、東京が名乗りを上げることに、神の逆鱗に触れるきっかけが…。
借金まみれの国が、「新国立競技場」で膨大な税金を継ぎ込む、その意味は?
一生、オリンピックなどに、縁のない日本人もいるでしょうに…。
なのに、日本人の税金が湯水の如く流れていってしまうのです。
例え、税金を使わないといったところで、また違う名目で、そのお金を捻出しないといけないのです。
どちらにしても、日本から、日本国民が「命」よりも大事と思っている「お金」が出ていくのです。
まるで、日本の弱体か、あるいは日本の滅亡に、加担しているとしか考えらない。
オリンピックが終わった後に、徐々に、その維持負担がボディフローのように、のしかかってくるのです。
その負担は、子々孫々まで押しつぶしかねないのです。
維持費だけで、国が潰れそう…。
この仕組みは、「世界遺産」の維持費も同じ…。
わざわざ韓国が嫌がるコトを無視してまでも、「世界遺産」に登録する、その意味とは?
過去のモノにいくら拘っても、氷河期や戦争が起こったら、ひとたまりもないのです。
別に、一部の外国人や組織に、認めてもらわなくても、遺るモノは遺るし、壊そうと思えば、いとも簡単に壊されるのです。
だから、「世界遺産」なんて、本当は余り意味がないのですね。
富士山も、そんな人間の思惑に関わらず、昔も今も、私たち日本人の「霊山」、誇りのお山なのです。
そういう人間の身勝手さに辟易して、富士山の「魂」は、いずれ、この国を揺り動かすやもしれません。
天災といえども、そこに住む人間の「意識」が大きく関っているのですから…。
今回、オリンピックの問題が吹き出したというコトは、福島の放射能を無視した日本人の対する「お仕置き」でしょうか?
人間の純粋な「意識」の結果であれば、それは「神」からの祝福の「啓示」でしょうが、しかし、何かちょっとでも不自然な感じがすれば、それは神からの「警告」なのではないでしょうか?
すべて、必然なのではないでしょうか?
今回のオリンピックなどは、本来ならば、政治的な意味が絡まない「出来事」なので、何の問題もなければ、スムーズに行くはずだったのです。
それが、ここに来て、国民が「おかしい?」と感じるコト事態、やはり、神の「逆鱗」に触れたのでしょうか。
そう、そんな無駄なコトに「税金」をかけず、もっと大事なコトがあるだろうと…。
原爆対策や、地震対策や、大雨対策や、台風対策などの数々の災害対策に…。
また、雇用問題や、中小企業問題や、機密漏えい問題や、マイナンバー管理問題などに…。
また、少子問題や、帰化問題や、移民問題の人口問題などに…。
そして、農業問題や、漁業問題や、加工品問題や、様々の食料問題や、
そして、そして、と考えれば、スポーツごときで、税金を使う愚かな国民性が浮き彫りになってまいります。
オリンピックで経済効果なんて、東京やほんの一握りの都市だけなのです。
疲弊している地方には、全く、関係がないのです。
テレビで見るだけで東京に見に行かない日本人ならば、外国で開催されるのと全く同じ、なのです。
行事が済めば、反対に膨大な借金がのしかかってくるのです。
いえ、それが開催される暁には、警護など「テロ」対策にかかる膨大な経費が費やされてしまうのです。
それよりも、その恐怖のほうが怖い、甘く考えていると、格好のターゲットにされてしまう…。
怖い! 怖い!
だから、国は、地方創世に、国民の貴重な税金を使うべきなのです。
地方で頑張ってくださる、貴重な人々に対して、国民の血税を使うべき、なのです。
スポーツに関わる人々よりも、もっと現状で苦しむ国民に光を与えなければ、この国はいずれ…。
スポーツ選手は、自分のためにやりたいことをやっているだけなのです。
芸能人も同じ、でも、芸能人には税金はそれほど、使っていないのです。
それもこれも、スポーツに絡む周囲の人間の問題です。
スポーツで私腹を肥やそうと企む輩の問題です。
本当に、私たち国民が、敬うべき人々は、私たちが生きるために必要なことを命がけで提供してくださる人々に対して、尊敬しないといけないのですね。
本当の「ヒーロー」とは、やりたいことをやっている人間にではなく、人の嫌がるコトを何の私利私欲もなく、黙々とやっている人々なのです。
そういう風に考えますと、本当は、「オリンピック」なんて、この世に必要のないモノなのです。
スポーツもそれで儲ける人間が増えれば、それは「悪」と化すのです。
スポーツが「悪」ではなく、それをどうとらえらるで「悪」に変貌するのです。
これから、必要でないモノが、反対に「貴重なモノ」として、ますます出てきます。
それらが、人類の「意識」を変えるきっかけとして、出てくるのでしょうか?
その筆頭が、お金に替わるモノ…。
株、クレジットカード、商品券、ポイント、宝くじ、その他の数々のカード、さらにさらに…。
ある人が言っています。
「真の恐怖は放射能なんかではなく、お金なんだ!」と…。
いえ、本当は、こう云いたかったのではないでしょうか?
「お金に狂う人間が、本当の恐怖なんだ!」と…。
オリンピックも、「新国立競技場」建設も、つまるところ、お金の問題…。
しぼれるところからは、最後の一滴までも、しぼるという魂胆が見え見え…。
それに加担している一部の日本人と日本企業。
そろそろ、そういう仕組みに、私たち底辺の庶民は、悟らないといけないのです。
結局、悟らない私たちの責任なのです。
なぜなら、智慧ある人間として、この世に「生」をうけたのだから、結局、一人一人の、問題なのですね。
それを放棄すれば、人間としての尊厳を放棄することになるのだから、神は、私たちに「罰」を当てる。
いえいえ、神は「罰」など当てないのです。
罰を当たえるのは、あなたの「良心」イコール「直霊」なのです…。
なぜなら、「直霊」があなたの「神」そのものだから…。
何はともあれ、今回のオリンピックに関係する「醜態」が発覚したのも、神の「思し召し」なのではないでしょうか?
スポーツが「悪」ではないのですね。
スポーツを取り巻く人間たちが「悪」なのです。
また、やる人も見る人にも、ちょっとでも不遜な「心」があれば、たちまち神の「お仕置き」が待っているのでしょうか?
いえいえ、お仕置きするのは、その人の「良心」なのです。
今回、国民の目に晒されたというコトは、まだまだ人間の「良心」は腐ってはいないのでは?
本当に、もう少し、この国で住む日本人は、この国が望むコトを具現化しなければ、この国に住む資格はないのでは?
それをする役目が、役人なのです。
問題が噴き出るのは、役目を怠るからなのです。
その役人は、真にこの日本国を愛する人がならないと国は滅びるのです。
政治家を選挙で選ぶよりも、役人を選挙で選ばないと、この国はいずれ滅びるかも?
いえ、国だけでなく、地球の存続の問題です。
この地球を守る役目は、一体、どこの役人が担っているのでしょうか?
全地球人の問題でしょうか?
なにはともあれ、オリンピック開催がもう変更できないのであれば、今回の、「新国立競技場」のデザインは、日本人のための日本の伝統を表現した、日本人にしか創れないモノを、日本人の手と心で、造って頂いきたいと、切に願ってやみません。
それを見て、未来に生まれてくる子どもたちが、日本の誇りが感じられるような、素晴らしいモノを…。
古き良き時代から受け継いできた、日本の心が感じられる、日本文化を代表するモノを…。
それでこそ、廃れつつある、有形無形の日本文化の復興にも歯止めがかかる力となるのでしょうね。
それには、まず、日本人のデザインとアイデアを、結集することでしょうね。
日本には、こんなに才能のある素晴らしいクリエイターがいるということを世界で知らせるコトにもつながるのですから…。
日本人の叡智と誇りを結集して、日本人のオリンピック、いえ地球人のオリンピックを世界の人々に…。
そういう方向に行けば、きっと、政治家や役人の意識も変わるのではないでしょうか?
それには、それぞれの専門家の人々も、色んな形で、関わる必要があるでしょうね。
役人に任せきりにすると元の木阿弥に陥ります。
こういう時こそ、一部の国民が「安保関連法案」でデモしたように、今回の問題に関しても、「デモ」でもして、役人に抗議すべきなのでは?
日本人が命よりも重いと感じる「お金」が湯水のように流れていかないように…。
でも、皆さん、一部の国民は、こういう「デモ」はやらないのですね。
本当は、こちらの方が、国の存続に関わる大きな問題なのに…。
やっぱり、まだまだ、役人や政治家が関わるというコトは、今回の「新国立競技場」問題、それほど、期待しないほうかいいかも…。
さらに、まだまだ、福島の放射能や諸々の解決は後回しとなってしまう、のでしょう…。
それに対して、一部のデモ好きな国民は、「デモ」はなさらないのでしょうか?
そして、しっかりと、「テロ」対策に、必死で取り組まなければ、後で後悔することに…。
なぜ、こういう心配が起こるようなコトに、わざわざ日本は加担するのでしょうか?
そういうことを真剣に考える国民は、一体何人いるのでしょうか?
せめて、「有識者」といわれる人の間で、話題にしてほしいと願っています。