感動のカウンセリング!(39)再度受けられた相談者様の本当の「お悩み」とは…。
この(39)「感動のカウンセリング!」のブログは、カウンセリング歴30余年の大阪の「5時間で1回きり」の「潜在意識の本質と使命とトラウマ」を探る心理カウンセラー&本質セラピスト三宅麗子の投稿頁です。
★感動のカウンセリング!(39)
守秘義務に則りまして、決して相談者様の特定ができないように重々考慮して書かせて頂いております。
◆再度受けられた相談者様の本当の「お悩み」とは…。
今日の相談者様は、〇年程前に「相談者様の声」に書かせて頂いた方です。今回は、大きな悩みもなく、人生の折り返し点を超えて、これからの進路や生き方の参考にという、軽い気持ちに見えたのですが…。やはり、受けなければならない「理由」って、あるんですね~。
私は前回からの「先入観」を入れないために、前のブログを読みませんでした…。そして、セッションが終わりになってきて、やっと、「本当」の悩みと向き合うことに…。これが、私と会うのが怖かった、と書かれていた本当の理由だったのしょう。結局、ご自分の「魂」との対面が怖かったのでしょうか。
相談者様は、「お顔」が聖母マリア様のような柔和な方で、心の悩みなどサラサラなさそうでしたが、その割りにはお顔には気になる「〇〇」が…。前は全く気が付きませんでしたのが…。
余りに外見の「しなやかさ」と、お顔の気になる特徴との「落差」があり過ぎて、かえって、何か深い「闇」が垣間見えるようで、今日は大変な一日になるのでは? 自分(内界)と環境(外界)との「ギャップ」があると、その人の「〇〇」に支障をきたすのです。「〇〇」は宇宙とのセンサーですから…。
私に、相談者様は「前よりも若くなられたみたい!」と言われ、何だか、どちらがカウンセラーなのか分からないほど、気配りのある、心の優しい方でした…。得てして、こういう気の利きすぎる、良い人すぎる人だからこそ、人に言えない、いえ、ご本人も気が付かない、悩み多き人生なのかもしれません。そろそろ無意識に付けていたペルソナ(仮面)を、今日は、それをすんなり外すことができるかどうか…。いえ、ご自分がそれに気が付かれるかどうか…。
やっと、セッションの最後のほうでそのペルソナが外れることに…。それは、ご本人も予期せぬくらいに、自然に、ポロリと…。その何気なく口に出た「重い悩み」が、相談者様をずっと苦しめていたとは…。今回も、最初は、「軽い悩み」ばかり話題にされていて、「本命」の悩みは中々出てこず、やっと出てきても、最初は、私も見過ごすほどでした…。
前回では、そういう深い「話題」は一切、なかったような記憶が…。その当時は、相談者様の心の準備が整わず、決して出なかったのですが…。まだ、私自身も、ご本人も悩みの「原因」を認識しずらかったのでしょう。しかし、今回、私は、それを聞いたトキは、「しまった、本当はコレだったのか!」とビックリ! 相談者様の余りにも「優等生的」な態度と話し方を鵜呑みにしてしまった自分の「マヌケさ」に、後悔しきり…。
しかし、トキを経て、子供たちが大きくなり、ご自分にも直接関わる避けがたい家族の問題となり、それが大きく潜在意識から顕在意識へと具現化してきてしまうワケの分からない「恐怖」というか…。そのワケの分からないモノに振り舞わされる「恐怖」というか…。
しかし、それに直接向き合う「勇気」がないために、或いは、それに悩む「自分」を認めたくない、それに囚われる「自分」を許せない、という自分を責める強い「意識」に苛まれるために、今回、お受けになったような、という感じがするのですね。
だから、こういう「宿命的」な悩みを抱える人は、得てして、余りにもそれを解決する大変さから「逃避」したいために、かえって人の不幸や人助けに関わろうとする人が多いのです。あるいは、必要以上に、善良な人間を意識しすぎ、善人的に生きようと無理をされる方も多いのです。
今回の相談者様も、その意識が、話される会話の中に現れ、しきりに人のお役に立ちたいとおっしゃる…。私は、前回は、コトの重大さには、気づいていなかったのですが、「カウンセラーを目指せ」とお勧めした意味が、今更ながら、なぜ、勧めたのか、やっと「合点」がいったのです…。あのトキから、相談者様は、「何か」を発信されていたのですね。それを、私はシッカリと把握できなかったのです…。「宿命」にのたうちまわっていた潜在意識にたどり着けなかった、私の「未熟さ」ゆえです。本当に申し訳ないです。
「カウンセラーを目指せ」という本当の意味は、そういう厳しい環境で生きなければならない人こそ、他人を救う前に、まずは、自分を救うために、自分の心と向き合うために、自分の内面と厳しく対面しないといけないのです。それをするために、「自分で自分をカウンセリングする」コトを、自分に課すことが必要なのです。要するに、ご自分をカウンセリングするために、「プロのカウンセラーになれ」という意味なのですね。他人の辛さは、幸せな人には決して、理解出来ないのです…。悩んだ人でないと他人の悩みは解決できない…。フロイトは「ノイローゼ」を病み、ユングは「精神分裂病」だったからこそ、人の苦しみと寄り添えたのでしょう…。
しかし、現実は、〇年経っても、相談者様は「カウンセラー」になっていない…。自分の内面とキッチリ向き合えない人が、他人の内面に向き合える筈はないのですね。相談者様の人のために何かをしたい、役に立ちたい、という外に意識を向けるお考えが強い分、自分の内面には意識を向けられないのでは? 優秀なカウンセラーは、まず自分の内面を熟知する訓練が課せられて、それに真摯に意識を向けなければ、いけないのです。だから、「この人はカウンセラーには向かないのでは?」 と感じました。
なるべき人は、人に言われる前に、既になっているのですね。今、現在もなっていないという意味は、これからもならないのですね。向き不向きではなく、やるかやらないか、いえ、やりたくてしかたがない、気がつけばやっている、だから是が非でもやるという「意識」の問題なのですね。さらに悪いコトには、相談者様は、カウンセラーというよりも、「霊能者」に憧れておられるようで、それも、ちょっと無理かも…。
だから、今回の相談者様の態度は、悩みを解決するために来た、というよりも、ご自分が人を救う職業に向くかどうかを知りたい、そのために来た、という態度だったので、なかなかスムーズに「イメージ療法」に入るきっかけができず、まるで無意識に拒むような感じがして、何度も「ウン?」と感じたのでした。
そして、やっとイメージ療法の「〇〇の内観」も思った通りの結果で、相談者様は、ちょっとショックを受けられたようでした。周囲に対して、余りにも「理性的」に、「左脳的」に、「良い子」や「善人」ぶる回路が出来てしまっているからなのか、その次の「潜在意識のマンダラ」に至っては、もう、先へ進むのがヘトヘトというほどの、相談者様にとっては、惨憺たる結果に終わったようでしたが、私は、「やっぱり!」という思いだったのです…。「見せかけ」だけを繕っていては、ますますお顔の気になる点がひどくなる…。
結婚以来、相談者様の、無意識に付けた「心」のメルソナは容易には外れなかったのです。いえ、外れる以前に、そんなモノをご自分が付けているとも気づかなかった、決して、気づいてはいけなかった、という心境なのかも…。相談者様にとっては、表面的には、前回で、すでに心の悩みは解決済みで、今回は、悩みなどはなく、未来に対する進路や生き方を聞くためだけのセッションになるはずが、実ははとんでもない深い「闇」に気づかれた、いえ、気づく羽目になってしまった…。だから、出て来た「潜在意識のマンダラ」には納得できなかった…。
今回来られた相談者様の「本音」は、前回もカウンセラーに向くと私が言ったので、今回もご自分が希望する霊能者やその他の人助けの職業を、きっとまた私が言ってくれるだろうという大きな「期待」があったのでしょうね。それを私は、むげなく「否定」したのだから、もうご本人にとっては、青天の霹靂という感じなのでしょう。その「戸惑い」が、イメージ療法でありありと…。
その「潜在意識のマンダラ」では、相談者様の今世の「使命」は「獣医」から「やりたい」で、「トラウマ」は「暗い」から「美しい」で、「過去」は「安らぐ」から「挑戦」で、「未来」は「友達」から「調和」と出た…。そして、今世の「本質」は「難しい」や「生きる」や「ガム」や「鳥」から「落ちる」と出たのです…。
しかし、セッション中は、獣医や動物や鳥の話などは一切なくて、ちょっと不自然な感じがして、一体、何を「使命」として「やりたい」のかが、私には不明でした…。また、やはり、心配した通り、トラウマが「美しい」なので、相談者様にとっては、美しく生きなければ、美しくあらねば、それは「悪」だという強迫観念がある? 美しく見せるためにアクセクする人生で、それがトラウマとなっていた…。
また、「過去」が安らぐための「挑戦」だったとはちょっとツラすぎる…。さらに、「本質」も「落ちる」なので、本当の自分よりも、常に高い「位置」で存在しないといけない、高い空で飛ぶ鳥のように大空を舞っていたい…。相談者様にとっては、低い「考え」や「生き方」はすべて「悪」なのでしょう。「落ちる」という「本質」としての不安定な「意識」で生きているために、常にビクビクしている…。ご自分の高い意識を確保するための旦那様との結婚だったのでは? それを知られたくないための、無意識の「ペルソナ」なのか? しかし、底辺で、どん底で生きて良し、落ちて良し、なんですね!!! 落ちるトコロまで落ちる「勇気」が!
まるで、相談者様の潜在意識は、泣き叫んでいるようでした…。それは、喜怒哀楽の感情がほとんど言葉として、相談者様の口から出ないのです。今まで、それを隠して、いえ、それに全く気づかずに生きてこられたのかもしれません。それは、両親、特に、母親に対して、虚勢を張っていた。いえ、それもこれも、すべてスゴイ母親に認めて貰いたいための、「愛」を勝ち取りたいための無意識の努力を、自分に強いたのでしょうか。しかし、本当は、実家の家族のことなどは、相談者様にとっては、もう済んだことなのです。赤の他人のようなモノで、もうどうでもいいコトなのです。それにいつまでもクヨクヨすることが、過去に居続け、「今ここ」の現実の一瞬、一瞬を真剣に生きず、それはとりもなおさず、本当の「悩み」を避け続けていることなんですね。
だから、高い位置、「美しい場所」から「落ちる」意識の自分が常にいる。それが恐怖のトラウマとも感じざるを得なかった…。しかし、「どん底」まで落ちれば、もう落ちる恐怖は無くなるのです。だから、本質が「落ちる」で良かったのです。しっかり「落ちて」こそ救われる「人生」なのです…。これが本質はいい「言葉」であれば、今回の相談者様にとっては、それがマイナスに表れるので、やはり、今回は、悪い「言葉」が本質で良かったのですね。
そして、その後か、その前なのか、はっきりとは覚えていないのですが、相談者様は何気なく、さらっと、自分はちっとも気にしていないと言いながら、〇〇〇のコトを話題にされたのです。しかし、そうは言いながら、なぜ、それを、今、話題にされたのか? 私は、ココに、今回、相談者様が解決するべき、本当の、悩みの「根幹」があったのか? と痛感したのです…。やっと「ペルソナ」が外れた? それを外すために、〇年の歳月と、合計〇時間の考える時間が必要だったのでしょう。
そして、色々、それに対して私の「主観」をお話しさせて頂いたら、ダンダンと相談者様の雰囲気が変わってきたのですね。何か、薄皮を剥ぐというか、靄が晴れるというか…。しかし、それは、一生、相談者様が、お独りで考え続けないといけない大きな問題であり、またご自分だけで解決できる問題でもなく、死ぬまで正解といえる「答え」は出ないかもしれませんが、それと真剣に人生を生きる中で、それが腑に落ちてくるのかもしれません。それを悟るために、潜在意識にしっかりと刻印するために、今世、この世に生まれた「魂」なのでしょう。あえて、ご自分が選んだツライ人生なのでしょう。自分で選んだからこそ乗り越えられる「道」なのですね。
そして、このブログを書くに当り、前回のブログを読んだら、奇しくも、最後のまとめは、前回と同様な答えになってしまったことに、何となく、私は納得させて頂きました。〇〇〇の問題が、結婚し、子供ができると、それは抜き差しならない自分の問題でもあったのですね。人のために生きたい、生きたい、と口で言い過ぎる人は、結局、自分のために生きたくないと叫んでいるだけなのですね。自分のために生きられない人が、人の犠牲になれるなんて、不可能なのですね。
だから、人間は自分のために真剣に一生懸命、あくせくして、必死になりふり構わず生きて、いいんです。別に高所で、清く、正しく、美しく生きなくても、底辺で、ドロドロとのた打ち回って、ぶざまに生きて「良し」なんですね。どん底で生きるという意識、もうそこから「落ちる」という心配がない分、這い上がる「力」が湧いてくるのですね。
要するに、自分の「魂」に背かなければ、どう生きてもいいのです。決して、「美しく」生きなくていいのです。まさに、親鸞のいう「善人」よりも「悪人」でいいのです。決して、100%完全なる「善人」なんて、この世にいないのですから…。決して、「美しく」生きなくていいのですから…。お天道様に「顔向け」できないような生き方でなければ、いいのですから…。
ただ、その「宿命」と、誇りを持って生きるだけなのです。
この日本の土地で、日本の空気を吸って、日本語をしゃべることに、どれだけ日本人としての誇りと感謝ができるかが、勝負なのしょう。
それを周囲の人々に、ご自分の生きる姿勢を示すために、「宿命」として選んだのでしょうね。
日本人として、正々堂々と生きる「姿」が、尊いのですね。
日本が嫌いな人は、「日本語」を話してはいけないのですね。なぜなら、日本語が言霊だから…。
それを、今回、相談者様のセッションで、改めて教えて頂きました。
他人の前で、別に「エエカッコ」しなくていいのです。
「善人」ぶらなくていいのです。
普通に、自然に、肩の力を抜いて、いいのです。
〇年間、大変でしたね。
大変な道を選んだ限りは、そういう大変な道を選べるほどの凄い「自分」なんだということを、改めて潜在意識に刻印するための、今回のセッションとなりました。
〇〇〇さん、あなたはスゴイ!
それをご自分に褒めてげてくださいね。
辛いトキこそ、ご自分を褒めるコト!
そうすれば、気になるお顔も気にならなくなり、聖母マリア様のように生きられてますよ!
まずは、自分を救うために、これからの人生を、ブザマに生きてください。
本当に、ありがとうございました。
三宅麗子の「魂」が浄化できますように…。
相談者様の「魂」に感謝!
悩める多くの方々も、これを読まれて、意識が変わることを願っております。
ありがとうございました。