直観ひとりごと(151)年末こそ、お近くの神社へ一年の感謝を…。
この(151)「直観ひとりごと」のブログは、カウンセリング歴30余年の大阪の「5時間で1回きり」の「潜在意識の本質と使命とトラウマ」を探る心理カウンセラー&本質セラピスト三宅麗子の投稿頁です。
★直観ひとりごと(151)
◆年末こそ、お近くの神社へ1年の感謝を…。
今年も、今日一日のみ、となりました。
皆様は、今年は、いかがでしたか?
良い一年だったと言う人も、悪い一年だったと言うと人も、共に、明日は、新年を迎えるのです。
もしも、悪い一年だったと思われる方には、どうか、近くの神社へ行って、「悪い一年だったけれど、まだ生かせて頂いております。本当にありがとうございます。」と感謝の念を捧げられてはいかがでしょうか。
よく、「一年の計は元旦にあり」と申しますが、私は、モノゴトの最初も大事ですが、締めくくりの最後の方がずっと大事だと感じます。
だから、正月に神社へ参った人は、年末には必ず、お返しとして神社に行かないと、締めくくりにはならないと思っています。いえ、年末こそ、きっちり、近くの神社へ、一年の「感謝」をすべきではないかと、強く感じるのですね。それが、人間が人間に生まれさせて頂いている神様に対しての「義務」だと存じます。
その人に関係のない、遠くのパワースポットの神社にお参りに行くのであれば、今お住まいの、近くの神社(その土地の氏神様や産土神様)にお参りに行く方が、よっぽど、大切なコトではないかと感じます。
それも、年の終りに行ってお参りすることが、その年一年が無事に過ごせた、そのコトに感謝の念を神様に捧げるというコトが重要なのではないでしょうか?
私は、昨日、産土神様でもあり、氏神様でもある、神社に行って参りました。
私は、月の終りか、月の初めには、自分で決めたルール(お賽銭の額の決め方等)に則り、その神社に参るコトをしておりますが、中々、月一回は行けない時もあり、でも最低でも、三ヶ月に一度は行く様に決めております。
だから、一つの神社の例外を除き、他の有名な神社には、行っておりません。というよりも、直接、自分には関係のない神社なので、行く必要がなく、自分に関係のある神社を大切にしたいという、ただそれだけの理由からです。
そして、行ったあとは、本当に、すっきりした気分になります。
また、神社には、絶対、お願い事は、いたしません。ただただ、感謝するだけです。
また、自分の名前や身分や住所なども、名乗りません。本当に神様を信じていれば、私が、すでに神社に行く事も、行った事も、すっかり「見貫き見通し」であるからで、わざわざ名を名乗ったりするのは、人間智で考えるからで、それは、結局、神様の実在を信じていないという、コトになるんですね。
だから、名乗る必要など、サラサラないと強く感じてからは、一切、私は名を名乗ったことがありません。これは、自分がある時期、必死で「神主」になろうとして成れずに挫折した、貴重な体験から得た、私だけの真理なのでしょう。
そして、これが一番、大切なコトですが、悪かった出来事や病気などに対しても、感謝の念を捧げます。それらは私にとっては、神様からの「お知らせ」であり、私への「気づき」の示唆であるからに他ならないからです。大難を小難に食い止めて頂いた「お礼」でもあります。
そして、すべての「マイナス」の出来事や思いを、すっかりと私の意識から「手放す」コトを、実行しております。
すると、本当に、嫌な事や辛い事が、自分の意識から、無くなっていきます。
たとえ、病気であっても、嫌な出来事がまだ、解決に至っていなくとも、全く、気にならなくなります。要するに、心配事が、まったく無くなるのです。いえ、意識の上でですよ。でも、意識しないということは、全く無いに等しいというコトなのですね。
だから、毎日が楽しいのです。こういう考えて生きると、世の中がいかように変化しても、全く動じない精神を培う事ができるのですね。たとえ、今後、どんな大きな地震が起きても…。神様はどこにいようが助ける者は必ず助ける、その反対にどこに逃げても助けない者は決して助けないと…。
浅見宗平氏の本では、「神様を信じなくても、神様から信じられる人間に」というようなコトが書かれていますが、正に、その通りだと思います。
人間は、「我思う故に我あり」、それも「悪い事を思う故に悪いことあり」なので、「我良い事のみ思う故に我良い事のみあり」という意識で生きる必要があります。
さらに、「人間は考える葦」、それも今は「人間は悪い事を考える葦」、もっと悪いコトには、考える事を放棄して、「人間は他人の考えになびく葦」で生きる人も多いのですね。
今年、最後にこんなニュースが、カウンセラーとして気になりました。
「精神保健指定医、資格不正取得、89人取り消し 19都道府県で勤務」
「<精神保健指定医>90人以上、医業停止へ 資格不正で処分」
医者も人間です。良い人も悪い人もいます。それを見抜くのは、私たちの「考える葦」です。
人間は、意識したコトしか、生きられません。いえ、意識した世界のみが、その人の生きる世界なのです。だから、10人おれば、10人の違い世界を、それぞれが違う意識で生きて、それぞれが違う意識で暮らしているのですね。
神社に行くのは、宇宙の根源である、自分(直霊)に会いに行くコトとも言えるでしょう。
だから、ご自分の神様に、年の最後に感謝しに、近くの神社へ参りましょう。
では、良いお年を…。