直観ひとりごと(16)念仏のように自分の名前を唱えよう!
この(16)「直観ひとりごと」のブログは、カウンセリング歴30余年の大阪の「5時間で1回きり」の「潜在意識の本質と使命とトラウマ」を探る心理カウンセラー&本質セラピスト三宅麗子の投稿頁です。
★直観ひとりごと(16)
◆念仏のように自分の名前を唱えよう!
今日は、前の続きで「名前」についてもう少し書きます。名前とは、他人と自分を「区別」する唯一の言葉、キーワードです。ということは、名前=自分なのですね。でも、それを私たちはあまり意識しないのです。
私は、別の「姓名本質リーディング」のHPで、「姓名は生命、氏名は使命」と書いています。人間って、自分の名前をおざなりにしているのですね。なぜ学校教育で、こういうことをもっと、教えないのでしょうか? 庶民は、あまり賢くなったら困るのでしょうね~。だから、大事な大事なことは、教えない。
そして、どうでもいいことをわざわざ難しくして教える…。今もそれは残っています。教育に熱心な国ほど、結局、洗脳教育? 日本は一体、何年、義務教育で勉強するの?
話はそれてしまいましたが、私は、念仏や題目や祝詞や言霊は、それなりに効果はあると思っています。信じて、唱えれば…。でも、難しい、理解できない、他人が作ったお仕着せのモノを唱える必要はないとも思っています。本当に自分が意識して、納得して、自分の心に届く、響く、言葉でないと、意味がないでしょう。
あの空海も「真言」と唱えながら、その「真言」を手に入れるのに、日本の神道を頼ったそうな…。だから、その人の意識によって、唱える言葉も違ってくるのは、当然です。
国が違い、言葉が違うのです。まして、同じ国の言葉でも、違いますし、方言もあります。方言があるということは、日本に渡ってきた人が色々いたという証拠でしょう。言葉がそれぞれ違ったのですね。私は、それらの前に、一番、最初に住んでいた何万年も前の人々のことを知りたいのですね。彼らは一体、どういう言葉をしゃべっていたのでしょうか…。それが、日本人の「真言」では?
それが分からないのであれば、今の自分を表す真の「コトバ」とは、その人の「名前」であり「本名」。一人一人の、心に響く、その人だけの特別の言葉が「名前」なのでは?自分の名前、姓名、氏名、ではないでしょうか。念仏とは、仏を念じる、こと。では、仏とは?
日本では、死んだらみんな仏さんになる、そうですね。人間=仏。だったら、生きているのだから、仏ではなく、人間の名前、自分の名前を念じる! 自分の名前を念じ、後ろにありがとうや、感謝という言葉を添えれば、さらにいいのでは?
名前の後にさんをつけると、もっと客観視できて、念じやすくなりますね。念じるとは、「今の心」と書きますね。今の心のありようで、響き方が違ってきます。
響き方が違うということは、通じ方がちかうのでしょうね~。誰に通じるか?
それは、宇宙(天)であり、小宇宙(自分)である! だから、「○○○○さん、ありがとう」と念じ続けましょう。今の世だからこそ、「○○○○さん、ありがとう」、です。勿論、他の人の名前も念じることもいうまでもありません。「○○○○さん、ありがとう」と…。感謝の思いとともに…。名前を念じよう! 自分の念仏を…。
ちなみに、私は「ミヤケレイコノミコト」と唱えています。そうすると、なんか、私の「魂」とつながるようで、悩みが無くなっていくから不思議です。別に「○○○○○ノミコト」と唱えても、誰も文句を言いません。昔の人々は、「命」と書いて、「ミコト」と言っていたのです。人間の「命」を持っている人は、みんな「~ノミコト」なのですね。それが、あなたの「魂」を讃えることになる…。人間としての尊厳を讃えることになる…。そうすると、もう、自分の「心」に背くことはできなくなる…。それが、習慣付くと、気が付けば、本当の「~ノミコト様」になっている…。
みなさんも、寝る前に、いかがですか?
ありがとうございます!
笑顔で!
大丈夫!
幸せです! と、唱えましょう。