直観ひとりごと(106)ソチオリンピック、日本の開催式入場順番に思う…。
この(106)「直観ひとりごと」のブログは、カウンセリング歴30余年の大阪の「5時間で1回きり」の「潜在意識の本質と使命とトラウマ」を探る心理カウンセラー&本質セラピスト三宅麗子の投稿頁です。
★直観ひとりごと(106)
◆ソチオリンピック、日本の開催式入場順番に思う…。
遂にというか、やっとというか、ソチオリンピックが開催されました。入場式では、前回ロンドンオリンピックに引き続き、なぜ? って疑問に思うコトが日本には起ります。
前回の、オリンピックでは、日本は入場式には参加させて貰えず、今回は、最後から2番目だった…。
きっと、日本のみなさんも疑問に感じた人は多かったのでは? なぜ、最後から2番目? って。
その理由は、ロシア語の国名順のためだそうですが、そもそもオリンピックのしきたりでは、発祥国のギリシャが最初で、開催国は最後で、あとは、開催国の言語に従うそうです。
でも、それならば、ちょっとおかしいですね。過去の日本での開催式では、東京や長野や札幌の時は、全て、アルファベット順だったのです。
アルファベットは英語圏のもので、日本にはレッキとした、五十音順というものがありますので、なぜアイウエオからの順番にしなかったのでしょうか?
1964年の東京五輪のときは、敗戦国でまだ戦争の記憶も生々しく残っていたし、欧米諸国やアメリカの罪の意識からか、それらの思惑で開催国にしてもらったのだから、アルファベット順も避けられないことだったのかもしれませんが、長野や札幌でも同じだったとは…。
でもその当時はそのアルファベット順をおかしいとも感じることもなかった日本人ばかりだったのです。勿論、私も含めて…。
きっと日本の政府や首脳陣は、アメリカに気を使って、何もモノ申すことが出来なかったのでしょうね。これも敗戦国の運命でしょうか?
今回、ロシアのとった措置には、やはりロシアの国民性を感じます。欧米やアメリカには追随しないという強い意思表示が…。だからプーチンは国民の総意を代弁する大統領だから、弱くなったとはいえ、未だにプーチンは強いのです。
ロシアにはロシア語があるのだから当然と言えば当然の措置なんでしょうが、日本人から見ると、とても強い国に感じます。ロシアという国が…。
これでは、北方領土返還も、夢のまた夢で、半世紀以上も解決しないことも納得できます。これは、相手のロシア国の問題だけではなくて、日本国の問題でもあるのでしょう。弱腰外交を続けた結果の報い…。それが日本のオリンピックにもアルファベット順で影を落としていたなんて…。
今の文明が終わらない限り、最早日本人の負け犬根性はなくならないで、母国語も英語にとって変わるのか?
本当に日本って、アイディンティティのない国なんでしょうか?
先日も、今年の大学入試センター試験では、遂に、「国語」の平均点が200点満点中98.67点で、半分以下の、過去最低だったそうです。これは、非常にゆゆしき問題です。
なぜならば、センター試験では、平均点数がが約6割、つまり120点ほどになるようにわざわざ問題がつくられているそうで、国語が5割の半分以下は初めてだそうです。その原因は、源氏物語の古典の平均点が特別に低くかったそうです。やっぱり、日本の教育者がこぞって日本の文化や伝統をないがしろにした報いでしょうか?
英語、英語ってやかましく騒ぎますが、いくら英語が喋れても、感じる力や考える力がなければ、それは、無駄の何ものでもないのです。
人間にはまず、自分の生まれた母国語をきっちり教えなければ、理解力も思考力も育ちません。
いくら、学校で英語を詰め込んでも、一歩、学校を離れたら、母国語である日本語の日常社会でしっかりと地に足をつけて生きなければならないのです。それなければ、応用力が効かないのです。要するに生きる知恵、人間としての叡智が湧いてこない。その反対に、母国語での能力の全てが確実に低下します。
楽天が野球で日本一になった時、楽天社員は、やっぱり、日本語で応援したのではないでしょうか? いくら、会社では日本語を禁止しても、大事な時や、いざ、という時は、自然に母国語の日本語が出るものなんですね。「万歳、万歳」って、それが自然なのです…。
また、犯罪を犯した押尾忍というタレントがいましたが、彼は帰国子女で、日本語の理解力が足りなくて、日本では生きるのが大変だったそうです。要するに、アイディンティティの欠如でしょう。
今の英語に重点を置く教育では、そういう、日本人ではない人間にがウヨウヨ出てきそうです。そして、その結果、後、半世紀もしないうちには、きっと、この日本国はあっても、日本人という民族は滅亡するのは、避けられないでしょうね。
2020年の東京オリンピックが開かれる時も、やっぱり、入場式はアルファベット順で、最早それを疑問に感じる日本人は皆無かもしれません。日本人の言語を忘れた国民は、日本の心も忘れてしまうのですから…。そして、世界では日本の文化や伝統に満ち溢れて、それに嬉々とするのは外国人ばかりで、また日本人は皆無…。
ロシアのように何が何でも、強靭に、自国の主義主張をして、コトを推し進めるのは良くないですし、その結果が、テロが横行し、テロ対策に膨大なお金をつぎこまなければ、開催できなくなってしまう。特に、自爆テロ「黒い未亡人」の仕業なんていう悲惨な事件も起きてしまいます。でも、そんな事件が起きるには起きるだけの原因があるのでしょう。原因を追究しない人間が蔓延る世界…。
テロ対策に奔走しないと開けないオリンピックって?
そういうことを色々考えれば、オリンピックって、この世界の人類にとって、一体、何の意味があるのでしょうか? 日本がオリンピック招致に意欲を燃やしたのは、ただただ経済の復興のため、だけだったのではないでしょうか? 世界の「平和」を願い、応援した人は一体、何人いたのでしょうか?
世界の「平和」を高らかに唱えるだけの資格が、このアイディンティティのない国、日本にはあるのでしょうか? いえ、今回のオリンピックをロシアのソチで開く資格が、ロシアにはあったのでしょうか?
平和の願いを込めての「オリンピック」って、一体何なのでしょうか???
心を感じなければならない心理カウンセラーとしては、心が痛みます。